「弟子育成グループ」構想
-弟子作りの新しいあり方を求めて-
1,はじめに
以前から「神学校に行く人がいない」という声をよく聞きます。神学校の多くは学生が少なくなって、閉校する所もあるほどです。何が問題なのでしょうか?どうしたら良いのでしょうか?このような問題を解決するのに、何か新しい考え方、やり方があるのでしょうか?・・・私は以前からこのような問題意識を持って、色々と考えてきました。そして、実際に色々なタイプの神学校を訪問したり、具体的な事例を聞いたり、色々な本を読んで研究したりしました。そうする中で感じたことを、自分なりに書いてまとめてみました。ここでは、
(1)従来型神学校の問題点について述べ、
(2)弟子作りの新しいあり方を探求し、
(3)その具体的構想を提案する。
・・・という手順で、論じていきたいと思います。
2,従来型神学校の問題点
神学校は、今まで多くの献身者たちを育てて人材を輩出し、神に大いに用いられて来ました。そのことは正しく評価すべきだと考えます。しかし、だからと言って問題がなかったわけではありません。以前から、以下のような問題点が指摘されていました。
(1)今の仕事を辞めないと入学できない。
従来型神学校の大部分は、学生寮に入る必要があります。もちろん、最近は夜間通学や聴講、通信やオンライン授業なども増えましたが、本科学生の多くは全寮制です。なので、仕事や学校を辞めないと入学できません。そうなると、今すでに仕事をしている人は収入が絶たれるので、入学するにはお金が必要になります。今している仕事にやりがいを感じていれば、それを捨てるのは、なおさら難しいことです。ハードルは高くなり、入学できる人は状況が許される一部の人に限られて、当然入学者は少なくなります。それだけでなく、入学する人は世の中から分離されてしまうので、未信者との人間関係が途切れてしまいます。世の現場で良い証しをして来ても、継続的に伝道することができません。そして卒業したら教職者となって教会の中で仕事をするので、未信者と接する機会が減ってしまいます。賜物があって効果的に伝道していた人が、神学校に行った後では逆にあまり伝道しなくなる、という皮肉なケースが多くあるのです。
(2)学びが神学的知識に偏りがちで、実践が少ない。
大部分の神学校では、牧師となって説教するために必要な神学的知識を中心に教えます。ギリシャ語やヘブル語、聖書解釈、組織神学などの学びに多くの時間を使います。このような学びは学問的で難しく、学べる人はある程度の学歴がある一部の人に限られてしまいます。多くの場合、卒業まで3年ほどかかるので、一度に多くの人を育てることはできません。また学んだ内容が難しいので、その内容を一般の教会員などに教えることはあまりありません。また神学校では、教室で学問的な学びをする時間に比べて、牧会伝道現場の実際的、体験的な訓練は少なくなりがちです。学んでもそれを実践するかは本人次第で、牧会現場でどうしているかチェックし、フォローアップするようなことは、ほとんどありません。また、母教会が貴重な献身者を神学校に送り出しても、その人が卒業後に母教会に戻らなかったり、戻っても主任牧師とうまくいかなくなって離れたりすることが多くあります。学びの場と実践の場が分離されているので、学んだことを現場で生かすことができないのです。
(3)神学校の維持管理にお金がかかりすぎる。
神学校を設立して運営するには、たくさんのお金がいります。土地を取得し、校舎を建てて、職員や教師を雇い、施設を維持管理するのに、莫大な費用がかかるのです。そのために学費や寮費も高くなるので、入学する人も少なくなります。そんなにお金がかかるのに学生数が少なくなったら、それを維持するのは、なおさら難しくなります。毎年多くのお金がかかるのに、わずかな数しか人材を輩出できないのは、大変非効率的です。だから神学校が閉鎖されてしまうのです。それから、お金がたくさんかかるので、神学校を各地にたくさん建てることは難しいです。大都市近辺の限られた所にしか建てることができません。地方に住んでいる人は、神学校に行くために遠く離れた大都市に引っ越すことになります。すると地方の過疎地の教会は、ますます献身者、教会奉仕者がいなくなるのです。
(4)「牧師と信徒」という階級的観念を作ってしまう。
教会でリーダーになり、献身の思いが与えられると、多くの場合「ならば神学校に行きなさい」と言われます。一般的に「牧師になるには神学校を出なければならない」と思われているからです。そして神学校を卒業して牧師按手を受けると「自分は他の一般信徒よりも上の聖職者階級だ」と思ってしまいます。また教会員も「牧師は神学校で学んだのだから、自分たちよりも一段すぐれた特別な人だ」というような、誤った固定観念を持つようになります。それで信徒たちは「説教や信仰の相談などの霊的な仕事は自分たちにはできないから、先生にまかせたほうが良い」と思い込んで、信徒は牧師に依存するようになります。神学校を出たフルタイムの牧師がいないと、教会は何か不完全で足りないかのように考えるので、無牧になると神学校に、牧師を送ってくれるように頼みます。そして牧師も、担いきれない精神的、事務的重荷を一人で背負わされて、つぶれてしまうのです。
3,弟子作りの新しいあり方の探究
このように従来型の神学校は、多くの問題点を抱えています。では、これらの問題点を解決するために、どうしたら良いのでしょうか?そのために、何か新しい方法があるのでしょうか?先に挙げた従来型神学校の4つの問題点を解決するには、以下の点で新しい対策が必要となります。
(1)今の仕事を辞めないで、そのままでも学べること。
(2)学びと実践の場所が直接つながっていること。
(3)お金があまりかからず、どの場所でもできること。
(4)「全ての信者が弟子であり働き人だ」という意識を作ること。
・・・・ここでは、この4つの点を解決するために、新しい方法を提案していきます。私はこの論文で、この新しい方法を「弟子育成グループ」と呼ぶことにします。
「弟子育成グループ」の特徴
(1)今の仕事を辞めないで、そのままでも学べる。
弟子育成グループとは、少人数のメンバーが定期的に集まって、共に学ぶ小グループを意味します。人数は、1対1でも始めることができます。話し合いと交わりのためには、10人以下が効果的です。時間は週1,2回ほどで、昼間でも夜でも、平日でも週末でもかまいません。人数が少ないので、場所は教会の会堂でなくても、一般の家や食堂、喫茶店、職場の休憩室、公園など、どこででも大丈夫です。場所や時間に制約されず、メンバーの都合に合わせて、いくらでも変更することができます。なので、青年だけでなく、日中に仕事で忙しい人や、主婦や子ども、高齢者など、誰でも参加できます。そして、学びたい人の世代や特色、ニーズに合わせた、多様なグループをたくさん作ることができます。また、今の仕事や学校を続けながら参加できるので、世の中の伝道現場との接点を保ち続けることができるのです。
(2)学びと実践の場所が直接つながっている。
弟子育成グループでは、ただ単に知識を学んで終わりではなく、学んだ内容を世の中の現場ですぐに実践するようにチャレンジします。そして次に集まるときに、前回学んだことを実践したか、毎回必ず互いにチェックし合います。実践できたら共に喜び、できなかったら、どうしたらできるようになるか一緒に考えて、できるようになるまで励まし続けるのです。また教える内容や教材は、1回分をできるだけ短く分かりやすく単純にします。そして学んだら、1週間以内にそれをメンバー以外の別の人に教えるようにします。学んだ人が別の場所で第2次グループを作って、同じ内容を教えることも可能です。このようにして、学ぶ人を次々と再生産していくことができます。少人数のグループなので、リーダーはメンバーをケアしやすく、互いの日常生活を良く知ることができます。教えて終わりではなく、互いに責任を負い合う関係を築きます。何か問題が起きても、早く気づいて、それを小さくとどめます。そして各グループのリーダーは、いつも教会の他のリーダーと連絡し合って、その祈りのカバーリングの中でグループを運営します。こうすることによって、グループが良い方向に行くように、絶えず修正し続けることができるのです。
(3)お金があまりかからず、どの場所でもできる。
弟子育成グループをするのに、お金はあまりかかりません。必要な経費は、その場所に行くまでの交通費、教材費、交わりのための茶菓代ぐらいでしょうか。会堂を借りたり、教師を雇ったりする必要もありません。人数が少ないので、大きな建物や部屋がなくても、家ですぐに始められます。遠くまで行かなくても、学びたい人のいる所で新しいグループを始めることができます。
(4)「全ての信者が弟子であり働き人だ」という意識を作る。
弟子育成グループのリーダーになるのに、何か特別な資格はいりません。神学校を出た教職者でなくても良いのです。大部分のリーダーは一般信徒で、自分の仕事を持ちながら、無給で働きます。資格があるとすれば、それは「学んだことを実践した人」です。自分が実践したのなら、それを教えることができます。学んで実践した次の日から、すぐに教え始めて大丈夫です。リーダーの資格を得るために机の上で何年も勉強する必要はありません。他の人に教えていく中で、自分自身も成長します。学んで実践する人は早く成長します。リーダーはグループの中で新しいリーダーを育てて、一緒に学びながらコーチングし、その人が新しいグループを生み出してくように助けます。なので、短期間に多くのリーダーを生み出し、同時に多くのグループを次々と再生産できるのです。リーダーだけではなく、メンバーも早く成長します。少人数のグループなので、メンバーである一人一人の責任と役割は大きくなります。新しい未信者を誘い、仲間として迎え入れ、話し相手になり、色々な奉仕を分担することによって、それぞれの賜物が生かされ、成長します。「信じて洗礼を受けてから」とか「もっと霊的に成長してから」奉仕するのではありません。未信者のときから、メンバーとしてできる奉仕をして良いのです。なので、メンバーは、いつまでもお客さんでいることはできません。参加したときからすぐに主人意識を持ち、主の働き人として成長するようになります。・・・・・弟子育成グループは「全ての信者は弟子であり働き人だ」という意識を作ります。信徒は、教会の観客席に座っているお客さんではないのです。クリスチャンであるなら、みな「王である祭司」です(Ⅰペテロ2:9)。この意識を育てる上で、弟子育成グループは、大変効果的な方法であると言えます。
4,弟子育成グループの具体的方法
(1)集会のスタイル
弟子育成グループは、メンバーのニーズと目的に合わせて、多種多様なスタイルを自由に選ぶことができます。勉強中心ではなく、レジャーを楽しみながら、又は一緒に奉仕活動をしながらやる、というのも良いです。例えとしては、以下のようなプログラムが考えられます。
〈1〉1,2曲賛美する。
〈2〉先週の内容を実践したか、次の人に教えたか、互いにチェックし、感謝し合う。
〈3〉教材を使って学ぶ。司会者は一人で話しすぎず、質問したり、話し合ったりして、メンバーみんなが発言できるように促す人になる。
〈4〉2人ずつ組みになって、1人3分以内で分かち合う。ただ単に感想を言うのではなく、次の3つのポイントで話す。
A, 今日の学びで何の言葉が一番心に残ったか。
B, それはどうしてか(生活現場での証し)。
C, 次週までにそれを具体的にどう実践するか。
〈5〉グループ全体で、何人かに発表してもらう。(これも1人3分以内)
〈6〉みんなで祈り合う。
〈7〉交わりタイムで、お茶やお菓子などを食べながら自由におしゃべりする。
(使徒2:42)彼らはいつも、使徒たちの教えを守り、交わりを持ち、パンを裂き、祈りをしていた。
(2)学ぶ内容
弟子育成グループで学ぶ内容も、メンバーのニーズと目的に合わせて、色々なテーマを自由に選ぶことができます。1回分が短くシンプルで、わかりやすく実践的であるならば、基本的にどんな教材を使っても大丈夫です。参考として、私が作ったオリジナル教材を以下に挙げておきます(現在作成中のものも含む)。必要な方は、私までEメールをくだされば、データでお渡しします。(wupmjapan@gmail.com)
1) 「聖書の中に答えがある」・・・未信者向け聖書ストーリーによる対話式聖書の学び(全10回)
2)ヨハネの福音書の学び「イエス・キリストを知る」(23回)
3)使徒の働きの学び「聖霊によって宣教せよ」(28回)
4)ローマ書の学び「全世界を救うキリストの福音」(20回)
5)ピリピ書の学び「生きるとはキリスト」(5回)
6)ヨセフの生涯「夢見る者がやって来た」(8回)
7)悪感情からの解放(11回)
8)世界観の学び「あなたはどう見ますか」(世界観とは、人間をどう見るか、世を治める、真理、教育、お金、仕事、時間・歴史、悪魔のウソを見破る)9回
9)世界宣教のビジョン(宣教は聖書全体の命令、宣教を妨害する考え方、未伝道部族とは何か、教会開拓運動、教会開拓者訓練、世界観を変える、宣教師の多様化、宣教師になるには、送り出す者となる)9回
5,従来型神学校の新しい役割
弟子育成グループをするなら、従来型神学校はもう必要ないのでしょうか。いいえ、そんなことはありません。弟子育成グループは、神学校の存在を否定するものではありません。神学校は今まで通り、専門知識をもっと学びたい人、特別な訓練を必要とする人を教えるための教育機関として存在して良いのです。しかしそれだけでなく、弟子育成グループと互いに協力し、その長所短所を補い合うならば、もっと効果的です。例えば、神学校は以下のような役割を担うことができます。
(1)各地の弟子育成グループを支えるために、情報や資料を提供する。
(2)専門知識を持った教師をグループに派遣する。
(3)弟子育成グループのリーダーたちを再訓練する短期セミナーや、リトリートを開く。
(4)各リーダーが交流し情報交換する場を設ける。
(5)オンライン授業や夜間コースなど、一般信徒が学びやすい多様なスタイルでの学びを広く提供する。
・・・・この他にも、もっと多くの可能性があるでしょう。もちろんこれらのことは、各地の神学校で、もうすでにされているかもしれません。また、弟子育成グループで学ぶ人が増えれば、もっと本格的に学びたいという人が掘り起こされて、神学校に入る人も増えてくるでしょう。とにかく神学校は、今の教会のニーズに応えて構造を変化していくときに、さらに効果的に活用されるようになると信じます。
6,おわりに
この小論文で書いた方法は、特別に新しい方法ではありません。「弟子育成グループ」とは呼ばなくても、別の名称で、各地ですでに行われていると思います。そしてこれは「この方法だけが正しい」というものでもなく、弟子作りの色々なあり方のうちの一つにすぎません。主イエスは「すべての民をわたしの弟子としなさい。命じておいたことをすべて守るように教えなさい」(マタイ28:19-20)と言われました。この命令は、全てのクリスチャンと教会の最優先課題です。この論文が、その任務達成のためにお役に立てれば幸いです。日本の諸教会と全ての地域でキリストの弟子が生み出され、神の御国がこの地に拡大していくように、お祈りします。
2022年11月6日 伊藤 仁
