彼女は、いかにして宣教者となりしか

彼女は、いかにして宣教者となりしか

私がある教会に行って宣教報告をしていたとき、あきこさん(仮名)は後ろのほうに座って、目を輝かせながらじっと私の話しを聞き入っていました。集会後、私が話しかけると、彼女は「ミャンマーに行ってみたいです」と言いました。私は「ぜひ一度、短期宣教に来てくださいね」と言いました。おとなしくて、ひかえめで「私なんてできません」という感じの人でしたけど、何かビジョンを求めているんだな、と分かりました。

それから数年後、短期宣教旅行の希望者を募集したところ、その名簿の中に彼女の名前が入っていました。私は「ああ、あのときの彼女だな」と思い出して、喜びました。それで2009年、8人チームの中の一人として1週間、あきこさんはミャンマーに来ました。来てみて分かったことは、彼女は顔がミャンマー人そのままで、どこへ行ってもミャンマー人と間違えられる、ということです。空港の入管で外国人の列に並んでいると、職員から「ミャンマー人は、ここではなくて向こうの列ですよ」と言われるほどなのです。その顔と、やさしい性格のゆえに、彼女はミャンマーの行く先々で、みんなから愛されました。彼女はミャンマーが大好きになり「もう一度必ずミャンマーに行きたい」という願いを持つようになりました。

その後、2011年に彼女は、今度は一人で約1か月間、ミャンマーに来ました。今回は宣教者になりたいというビジョンを持って、そのための準備として来たのです。彼女は日本で保育士をしているので、私は彼女に「ミャンマー教会のやっている保育園に一人で行って来てください」と言いました。前回の旅行よりも一段レベルが上の課題をあげたのです。彼女は、ミャンマー語が全然できないのに通訳なしでどうしよう、と不安で一杯でした。でも保育園に着いてみると、かわいいミャンマーの子どもたちが、「セヤマー(先生)!」と言って、走り寄ってくっついて来るのです!それで、覚えたてのミャンマー語で「ダーバーレー(これ何)?」と聞くと、みんながどんどん教えてくれました。不安は一気に吹き飛んでしまいました。言葉はあまりできなくても、心でふれあうことができて、うれしさで一杯になりました。その後、山奥の未伝道部族の村に行ったとき、彼女は「エプロンシアター」というのをやりました。これは、日本の保育園でいつもやっていて、エプロンの上にフェルトで作った人形を貼り付けながらお話しをする、というものです。彼女はそれで、聖書の中の「放蕩息子」の話をわかりやすく話しながら、神様の愛と福音を伝え、私がそれをミャンマー語に通訳しました。すると、その村の人たちは感動して言いました。「私たちの息子、娘たちも今、村を出て都会に行って放蕩している。その親の気持ちはよく分かる。本当の神様は、私たちのことをそんなふうに思って、愛して、待っていてくれているのか・・・」それでその場にいた多くの村人たちは、イエス様を信じて受け入れる祈りをしました。一番感動した人は誰でしょうか?そう、あきこさんです!彼女は「自分が日本でいつもやっている小さな経験と賜物が、世界宣教の最前線で、こんなふうに用いられるなんて」と思って、うれしくて主に感謝しました。そして、宣教者になるという召命とビジョンをますます確信して、日本に帰って行きました。

しかし、彼女には悩みがありました。もちろん宣教に行くのだけれど、一緒に行く「生涯の伴侶」が与えられるようにと、ずっと祈っていたのです。でも、いくら見渡してもそんな人はいないし、現れもしませんでした。彼女も私たちも、そのためにずっと祈り続けました。

そして彼女は、宣教師訓練コースを受講しました。そこで出会いがあったのです。ある日、あきこさんから私の所にこんなメールが来ました。「私と一緒にミャンマーに行きたいという男性が現れました。奇跡です!」私は思わず「ヤッター!!」と叫び声をあげて喜びました。

「目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、そして、人の心に思い浮かんだことのないもの。神を愛する者のために、神の備えてくださったものは、みなそうである。」(Ⅰコリント2:9)

・・・まさしく聖書に書いてあるとおりでした。神様を愛して、宣教への献身をあきらめないで、信仰によって祈り待ち望んでいた彼女に、神様は思いもしなかった最高のプレゼントを備えてくださっていたのでした。・・・・その後2人は結婚して、幸せな家庭を築きました。そして日本の教会で奉仕しながら、ミャンマー宣教に行く準備をしました。何年も訓練を受けながら待って、さあ今から行こうというときになって、コロナとクーデターが起きました。ミャンマーに行くのは、難しくなってしまいました。それでも2人は、宣教に行くのをあきらめませんでした。悩んで祈る中で、派遣先を変更して、I国に行くことにしました。そして2023年8月、ついにあきこさんは、夫と4人の幼い娘たちと一緒に、宣教地へと旅立ったのです。宣教を志してから、実に10年以上の年月を経て、ようやくビジョンが実現したのです。

 ・・・・私はあきこさんの人生ストーリーを思うたびに、深い感動と神への賛美がわきあがります。そして彼女のように、世界宣教に人生をささげる日本人が、一人でも多く起こされるよう祈りつつ、今も活動しているのです。

エプロンシアターをするあきこさん(右)

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