純金のように出て来る(伊藤ソジョン・記)
2020年6月、コロナの影響で家族全員がミャンマーを脱出して以来、実に6年ぶりに再び宣教地に戻りました。夫は2024年から入国し始めていたものの、夫婦で一緒にミャンマーに行くのはコロナ以降初めてでした。移動中に以前の色々な思い出を二人でたくさん話しながらの「思い出旅行」となりました。2026年3月25日、ミャンマーのニャウンシェ町に着きました。私たちが現地人のバザ牧師と共に2017年に開拓したガユナー教会のある町です。村の風景はあまり変わっていませんでしたが、物価は大幅に上がり、以前より活気がないように見えました。しかしガユナー教会の主日礼拝は非常に活気にあふれていました。以前のメンバーたちと6年ぶりの再会を互いに喜び合いました。教会員も2020年の頃と比べて2倍(100人以上)集まり、子どもや若者も多く、感謝するばかりでした。
礼拝の中で、ある信徒が証ししました。その日はミャンマーの大地震からちょうど1年たった日でした。教会の信徒や家族たちは、家や財産の被害はあったものの人命の被害はなく、それによってかえって主に立ち返ることができて感謝します、という話だった。その後は、私(ソジョン)が久しぶりにミャンマー語で説教をしました。1か月前から準備してきたヨブ記の内容を、涙の証しと共に話しました。
神を畏れる義人ヨブが苦難を受けたとき、最初ヨブは自分を非難する友を赦せず、自分の義だけを主張していました。しかし後でヨブは、十字架の苦しみの中で敵さえも赦す十字架のイエスの姿のように、謙遜に身を低くして、友のために祈り、神の基準で真の義人であるキリストの似姿に聖化されていきました。そのとき全てが回復され、以前の2倍の祝福を受けたのです。ミャンマーも地震で大きな被害を受けましたが、結果的にそのことでさらに主に頼ることになり、より多くの魂が福音を聞き、救われました。主がどれほどミャンマーの魂たちを愛し、祝福してくださるかを宣言し、語りました。またこのヨブ記の内容は、ミャンマー宣教で疲れ、ガンと闘うことになった私自身への回復のみことばでもありました。全てを赦していやされましたが、直接顔を合わせて互いに祝福し、主の家族として一つになって、喜びと感謝にあふれることを確認する瞬間でした。
(ヨブ記 23:10)しかし神は、私の行く道を知っておられる。私は試されると、金のようになって出て来る。
私は以前2017年に決意して、ミャンマーで祈りの家を始め、多くの時間を祈りに費やしました。そのときから、使徒行伝のような出来事が目の前で起こるのを体験しました。そのときの祈りが無駄ではなく、今も現実となって実を結び、豊かな収穫が起こっていることを、今回自分の目で直接確認できました。そして今からどの方向に進むべきか、新しい希望と確信を得ることができました。誠実な主に感謝をささげます。またこの宣教の実は、ある個人のものではなく、ミャンマー宣教のために祈り、ささげ、あるいは直接短期宣教に来てくださった方々が、この地に多くの種をまいてくださった結果であり、共に成し遂げた実であることを、改めて感じます。心から感謝いたします。

二人で思い出旅行

6年ぶりの再会

主日礼拝は100人以上!

ミャンマー語でメッセージ
