3,WUPMとの出会い

私とWUPM(世界未伝道部族宣教会)との最初の出会いは、確か2008年ごろだったような気がします。私たち一家が、ミャンマーのヤンゴン市にあるホテルで宿泊していたときのことでした。当時小学生だった長男の雄基が、お父さん(私)の書いた証しトラクトを、ホテルで出会った人たちに手渡していました。その中に韓国人の宿泊客がいたので、雄基は彼らにもトラクトを渡して、私に「お父さん、向こうに韓国人がいるよ」と言いました。私は後でそのうちの一人と会って、あいさつしました。彼がWUPMの事務局長ソ・スンモ牧師だったのです。そのときは少し立ち話をして、彼の名刺をもらっただけでした。その後私は、その名刺に書いてあったWUPMのメールアドレスに、自分のミャンマー宣教ニュースレター(韓国語版)を定期的に送るようにしました。

それから何年もたった2016年に、私は色々な事情で、今まで所属していた日本の宣教団体を辞めることになりました。ミャンマー宣教は全てストップして、日本に帰り、何をしたらいいのか全くわからない状態でした。それでも「必ずまたミャンマーに戻るんだ」と信じて、祈っていました。ニュースレターにそのような事情を書いて、続けて送っていました。

そんなある日、一つのメールが私のところに来ました。それはWUPMのソ・スンモ牧師からのメールでした。その内容は、こうでした。「色々な深い事情で宣教活動を中断されておられるようですが、一度お会いして話しませんか。」私はもちろんOKの返事をしました。その後、2016年6月23日に、WUPM国際代表のチョー・ジャンヨン牧師とソ・スンモ牧師の2人が、私たちに会うために飛行機で日本に来てくださいました。岡山空港の食堂で、私とソジョン、そしてWUPMの2人の、合計4人が、初めて顔を合わせて話し合いました。私たち夫婦は、今まであったことを全部話しました。

その後で、チョー先生はこう言いました。「事情はよく分かりました。私たちは先生のニュースレターを読んで、このまま宣教活動を閉じるのは余りにも惜しいと思いました。私たちは、一人の宣教師の存在がどんなに大切か理解しています。それで主に示されて、ここまで来たのです。どうか私たちの団体に入って、ミャンマー宣教を続けてくれませんか?」私たちは驚きのあまり、言葉も出ません。私とソジョンは「これは主から出たものだ」と信じて、喜んで入会することにしました。理事会も書類審査も無し、面接してその場で即「決定」でした。本当にすごい奇跡的な主の導きでした!!

この一連の出来事を通して、私が主に示された聖書個所は、黙示録3章7節から13節の、フィラデルフィヤ教会に対するみことばです。その中で、主は私たちに「見よ。わたしは、だれも閉じることのできない門を、あなたの前に開いておいた」 と約束してくださいました。宣教の門を主が開いたのなら、もう誰も閉ざすことはできません。

・・・・・今回この記事を書きながら、もう一度あのときのことを思い出しました。主の真実さを覚えて、主に感謝と賛美をささげます。私たちは、主の約束のみことばを握って、これからも宣教を続けていきます。

      (宣教師派遣状の授与)

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